ケチャップさなえドリル

フィクションの練習帳

初秋

政治家の目元のたるみに感情移入。同じ中年だったから。はかない命の初秋のまるみ。ネクタイピン、いつものネクタイ、しまもよう。

魚類

荒川をまたぐ大きな橋の上に立つ。柵をつかんで川面を見つめる。荒川の深いよどみに肉体を沈めることを想像する。この橋の上から飛び降りて、最期の時は水の中。ああ、魚類でもないくせに。しかし、食卓にならぶ魚の大半は、最期の時を不慣れな空気の中でむ…

番犬

わんわん吠える。今日の番犬としての役目は終了。すぐさま犬小屋に戻る。徒歩二秒。くさりが僕の行動範囲をせばめている。しかし番犬の仕事のあとはプライベートな時間。小屋のなかで文章を書く。飼い主は知らない。これは僕だけの秘密だ。 僕の飼い主は狂っ…

あの人のことは好きじゃない。気持ちが冷めてしまった。最初から好きじゃなかったのかもしれない。よく分からない。最近のわたしは自分の感情に自信がもてない。それは自分と関係のない場所からわいてきた水みたいに思える。感情は不思議な泉だ。一時間後に…

現在地の確認

「現在地の確認などやめてしまえ。それは大いなる錯覚だ。君たちに現在地などないのだ。京都だとか、大阪だとか、東京だとか、神奈川だとか、固有名にたぶらかされておるのだ。おまえたちは、どこにも、おらんのだ。なぜ、この単純な事実が、わからん! 二号…

死神

マス目を埋める作業に退屈したら、死神のほほに落書きしよう。漢字ドリルに文字を書くことは退屈だ。しかし、死神のほほに書くと、とたんに楽しくなってくる。死神はじっとして、ぼくの右手の動きに耐えている。骨のくせに、ほっぺたがくすぐったいのだろう…

あなたの肉体は、わたしの大事な宝もの。絶対に傷を付けないように、全力で守らなくては。ヒィ! 自動車というのは、危険なしろものだ。あんなものが大量に走り回っているのだから、この街は野蛮である。衝突すれば、この子の肉体は、一発で終了してしまうだ…

ねえ、二人で塔に登ろうよ。ぼくのお父さんは、静かに死を待つ身なんだ。本人が気取りをこめて言っていたよ。おれは病魔にむしばまれ、もはや、余命いくばくもない。あとはただ、静かに死を待つ身なのだ、とね。 まったく、本を読みすぎた報いだよ。死の直前…

オペ彦

深夜二時、コアラとラッコのしりとり接続を見つけて歓喜する。無限に続けられるのだ。コアラ、ラッコ、コアラ、ラッコ、コアラ、ラッコ、コアラ、ラッコ……。終りのないしりとりに、よろこぶ私は日本人。 しかし、これは拷問にも使えるという。二人の人間を密…

上田啓太
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