ケチャップさなえドリル

フィクションの練習帳

死神

 マス目を埋める作業に退屈したら、死神のほほに落書きしよう。漢字ドリルに文字を書くことは退屈だ。しかし、死神のほほに書くと、とたんに楽しくなってくる。死神はじっとして、ぼくの右手の動きに耐えている。骨のくせに、ほっぺたがくすぐったいのだろうか?
 死神の持っていた巨大な鎌は、わが家の倉庫に隠されている。死神はそれを探しているが、ぼくの父親に毎晩むりやり酒を飲まされるため、探索は遅々として進まない。大鎌さえあれば人間どもの命を刈り取るなど容易いことだと死神は豪語するのだが、逆にいえば、大鎌を持たない死神など無力なしゃれこうべにすぎないのだ。がいこつが布を羽織って死神でございとは、くだらないよ、まったく。
 最初のうち、ぼくの母親は死神を丁重にゲストとして扱っていた。しかし滞在が二週間をこえた今、お茶のひとつも出すことがない。母の声は来客時の艶を失い、どすのきいた低音が維持されている。ぼくは今日も学校の宿題に追われ、うんざりするたびに死神のほほに落書きをする。「やめてくださいよ、おぼっちゃん」と死神は言うが、ぼくはやめるつもりがない。こんな家族のもとに落ちてこなければよかったと、死神は酒を飲むたびに愚痴をこぼし、失礼な言いぐさだ馬鹿野郎と、父親に骨を叩かれている。ぼくの父親はにぎりこぶしみたいな顔をしているから、死神はその迫力に押されて、すぐに前言を撤回してしまうのだ。

上田啓太
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